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ドレーク海峡沖領海線を巡り亜智両国が争う

     アルヘンティーナ(亜国)とチレ(智国)がまたパタゴニアの領海問題で争っている。南米南端のホーン岬沖の智領ディエゴラミレス諸島から南極半島にかけて拡がるドレーク海峡と南氷洋の海底に連なる大陸棚とその海域の領有権が問題の中心にある。   アルべルト・フェルナンデス大統領の亜国ペロン派政権は、大陸棚と海域の領有権を主張、一帯での資源開発に道を開きたい構えだ。これに対し、セバスティアン・ピニェーラ大統領の智国保守政権は、ディエゴラミレス諸島を起点とする南方海域での領海および200海里経済水域の境界線は画定しているとして、譲らない。   チレ官報に8月記載された領海線に関する記事が、亜国を刺激し反発させた。   専門家は、両国は同一の海底(大陸棚)を基に領海・経済水域を主張しており、解決は極めて難しいと見ている。チリには「地球最南端の独立国」という自負と誇りがあり、それが領海権主張の根底にある。   一方、亜国には、かつて領有していたパタゴニア東方のマルビーナス(フォークランド諸島)を英国に奪われて久しい歴史があり、ホーン岬沖海域で領海線を拡げたいのだ。   1982年4~6月、当時のガルティエリ亜国軍政はマルビーナス諸島奪回のため戦争を起こしたが、サッチャー英政権の英軍に敗れた。この戦時、ピノチェー軍政の智国は英国を支援した。   亜国、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイ4か国で構成する関税同盟メルコスール(南部共同市場)の議会は、今回の問題解決のため亜智双方に対話を求めている。だが智国はメルコスールの協賛国であって、加盟国ではない。同議会の要請に応じる気配は見られない。   ビデラ亜国軍政とピノチェー軍政は1977~78年のビーグル水道領有権紛争で一触即発の事態に陥ったが、ローマ教皇の仲介で話し合い、和解した。現在は両国とも民主政権であり、軍部の睨み合いはない。      だが8月31日、智バルパライソ港に入港した亜海軍練習帆船リベルタ―は着岸できず、公式歓迎行事もなかった。領海線問題だけに、両国海軍の関係は冷え込まざるを得ない。   亜国政府は、ハーグの国際司法裁判所に提訴する選択肢も温めている。   チレでは11月21日大統領選挙が実施される。同国の2大課題は大統領選挙と、来年の制定に向けて進行中の新憲法起草作業だ。   ピニェーラは来年3月11日、任期を終え

亜智両国などで国連「国際逮捕失踪者の日」の行事挙行

    国連「国際逮捕失踪者の日」の8月30日、軍政期(1976~83)に3万2000人が殺害されたり強制失踪させられた亜国では、ブエノスアイレス市ラ・プラタ河畔の「記憶の公園」に建つ「国家テロリズム」(軍政人道犯罪)の犠牲者氏名を刻んだ壁の前で、遺族、その友人、文化相、教育相、女性相、科学相らが参列して記念式典が挙行された。    また国内各地の記憶博物館や旧軍部施設(拷問殺害場)でも記念行事が執り行われた。軍政犯罪を追及してきた「五月広場の祖母たち」や同「母たち」の会も行事に参加した。    この記念日は、ラ米逮捕失踪者家族協会連合会(FEDEFAM)が2006年に提唱、国連総会で11年に承認、認定された。    ピノチェー軍政期に3200人が殺害されたり行方不明になったチリでも、首都サンティアゴを中心に記念行事が催された。     チリでは現在、制憲会議が、軍政下の1980年制定の現行憲法に替わる民主憲法の起草作業を進めている。        

メキシコがOEA廃止し「干渉しない新機構創設」を提唱

         メキシコのAMLO政権が米州諸国機構(OEA)廃止と、干渉主義のない新しい機構の創設をあらためて提唱した。AMLOは7月メキシコ市で開かれたCELAC(ラ米・カリブ諸国共同体)外相会議の場で同種の発言をしている。    マルセロ・オブララ―ル外相は8月28日、政権党MORENA(国家刷新運動)の上院議員総会で構想を説明した。無論、大統領の意向を受けてのことだ。同外相は、OEAは介入の道具であり続けることはできない、と強調した。    この場合の「干渉」、「介入」とは、主として米政府によるラ米・カリブ(LAC)諸国に対する行為を指す。OEAには、キューバを除くラ米19、大カリブ圏13、北米2(米加)の計34加国が加盟。本部はワシントンの米国務省の近くにある。    たとえば、マドゥーロVEN政権は排除され、米国の傀儡で実体のない「グアイドー暫定政権」がVEN代表権を持つ。典型的なOEA介入主義の表れだ。国連はマドゥーロ政権を正政権と認めている。    米国の圧力や多数派工作により、カナダやLAC諸国が同調することも多い。    オブラ―ル外相はメキシコの狙いについて、「介入・干渉・覇権主義のない別の機構を米国との合意の下で創設すること」と述べた。    外相は9月18日、メキシコで開かれるCELAC首脳会議で新機構創設問題を正式に提議すると前置きし、AMLO大統領はジョー・バイデン米大統領と良好な関係を維持しており、カマラ・ハリス米副大統領が同問題で一定の合意に到達すべく尽力している、と明らかにした。ハリスは6月に訪墨し、AMLOと会談している。     外相はまた、「メキシコの立場はラ米団結の促進だ。コロナ疫病COVID19対策一つをとっても団結が不可欠なことは明白だ。団結がなく各国が孤立したら、ラ米の重要性と力はは失われてしまう」と指摘した。    エブラ―ルはさらに、墨都で8月開かれたVEN政府・野党間の政治対話を称賛。トランプ前政権によるマドゥーロ政権への圧力外交と、「グアイドー暫定政権擁立」を非難した。     OEAは1948年のボゴタ憲章で設立が決まり、東西冷戦激化期の51年、米国を盟主とする反共同盟として発足した。だが59年のキューバ革命でと、その後の革新諸政権の域内登場で機構の矛盾が拡がり、冷戦終結後は時代にそぐわなくなった。   

バイデン政権が在キューバ大使館の業務正常化に着手

   バイデン米政権は、在ハバナ米大使館の外交・領事業務正常化作業に入った。トランプ前政権は2017年、「謎の電響攻撃」を大使館要員が受けたとの理由で、大使館の人員と業務を無に近い状態まで縮小した。その政策を引き継いでいたバイデン政権は8月半ば、態勢正常化に向けて動き始めた。    トランプ政権が禁止した「家族同伴での駐在」を解除し、外交官ら駐在要員を増やし、その成人家族の対玖訪問ないし居住を認めたのだ。    バイデン政権は、大使館業務の正常化はとくに、玖「市民社会」との関係を深化させるためと表明している。    キューバでは7月11日から12日にかけて全国的な対政府抗議行動が起き、ミゲル・ディアスカネル大統領(共産党第1書記)の共産党体制は、重大な危機に直面した。同大統領は7月11日、党員と革命体制支持派に「戦闘命令」を下したが、それほど支配体制は驚愕していた。    国民の多くも国際社会も、7月11日を「玖共産党支配体制の分岐点」と観ている。バイデン政権は過去7カ月間、キューバを優先課題から外していたが、抗議行動を受けて、ハバナ大使館の人員と業務の再編成を図ったわけだ。

べジ―ド・ペルー首相が国会信任投票を乗り切る

    ペルーのギド・べジ―ド首相が8月27日、1院政国会(定数130)で信任された。7月28日に発足したペドロ・カスティージョ大統領の自由ペルー(PL)党中心の少数派政権は、波乱に富んだ最初の1カ月を辛くも乗り切った。   2日間の国会本会議での激論を経て投票に付され、同首相は賛成73、反対50、棄権0、不参加7で信任された。信任には過半数の66票が必要だが、それを7票上回った。   ケイコ党FP(人民勢力)、ラファエル・ロペス=アリアガ党首のRP(人民刷新)の両党を中心とする右翼・保守勢力は不信任票を投じた。   べジ―ドは、1980年から92年まで殺戮を恣にした非合法地下結社センデロ・ルミノソ(SL=輝く道)への過去の「礼賛発言」などで、7月末の就任当時から物議を醸し続けたが、自ら信任投票を求め、多数派工作に成功した。   しかし、この「多数派」は一時的で弱く、今後のべジ―ドの言動次第では崩壊しうる。   べジ―ドは、急進左翼と目されるPL党首ブラディーミル・セローン書記長の側近。PLの「雇われ大統領候補」として出馬し当選したカスティージョ大統領は急進派でない「農村民族主義者」であり、政権からセローンやべジ―ドを切り離したいのが本音とされ、この確執は遅かれ早かれ表面化すると観られている。  ▼政権党関係施設を家宅捜査   ペルー検察は、カスティージョ政権発足1カ月の8月28日、リマ市内や山岳地帯のウアンカイヨ市などのPL党本部、セローン党首宅など7カ所を、大統領選挙不正資金洗浄などの疑いで家宅捜査した。  

メキシコにジャーナリストらアフガン人130人が到着

      ターリバンが制圧したアフガニスタンを脱出した同国人130人がメキシコ市に到着した。AMLO大統領の墨政権は半年間の滞在査証を彼らに与え、メキシコ亡命か第三国への出国か、彼らの選択判断を待つ。   「アフガン現代化」の象徴の一つだった「アフガン・ドゥリーマーズティーム」というロボット工学に取り組む若い女性たち20人のうちの5人と、その一人の夫の計6人が8月24日、メキシコ市のベニート・フアレス国際空港に到着した。   次いで25日未明、新聞記者らジャーナリストと、その家族の計124人が到着した。カタール経由、大西洋越えの20時間の飛行だった。   マルセロ・エブラ―ル外相は25日、「全ての人々の命は重要であり、メキシコ政府は人道的見地からアフガン出国者を支援する」と述べた。   ジャーナリストらの一行到着の一件の事の始まりは、NYT紙のカブール、メキシコ市両支局長を務めたことのあるジャーナリスト、アザム・アハメドから8月12日、メキシコ外務省に入った電話だった。同記者は、メキシコはアフガン出国者を受け入れる用意があるか、という問い合わせだった。   エブラ―ル外相はAMLO大統領に諮り、大統領の受け入れ意思に基づき、回答した。その結果、ロボット工学チームとジャーナリスト一行の飛来が実現した。事態が緊迫しているため、通常の外交的、行政的手続きを省いて、人々を受け入れたという。    メキシコ政府はWSJ、WP両米紙のアフガン人記者も受け入れることにした。

モンテシーノス受刑囚が別の刑務所に移される

        アルベルト・フジモリ元ペルー大統領の側近だったブラディミロ・モンテシーノス受刑囚は8月25日、身柄を首都リマ中心部から40㎞北方の海岸地帯にあるリマ州アンコン区のアンコン第2刑務所に移された。        同受刑囚は、警察特殊部隊に守られた刑務所庁(INPE)職員によって護送された。最終的にモンテシーノスはアンコン第1刑務所に収監された。     これまで同受刑囚は、リマの外港カヤオにある海軍司令部構内にある国家安全保障に関わる犯罪者用の刑務所に収監されていた。だが今年6月から7月にかけて携帯電話を駆使してリマ市内の部下らと何度も通話し、6月6日の大統領選挙決選で旗色の悪かったケイコ・フジモリ候補を勝たせるよう工作した。    決選での当選者決定はケイコ派による異議申し立てで異常に長引いた。勝って7月末就任したペドロ・カスティージョ大統領は、モンテシーノスの工作に怒り、携帯電話で外部と通話するなどの特権を剥奪。アンコン刑務所に身柄を移送した。    大統領は25日、いかなる受刑囚も今後特権を享受することはない、と言明した。    モンテシーノスは、フジモリ政権期に「プリメラ・ダマ」(ファーストレディー)役を務めたケイコをよく知っていた。「ケイコ政権」を誕生させ、フジモリとともに恩赦され出獄しようと計算していたとも見られている。    カスティージョ政権は、カヤオの海軍基地内で依然刑期を送っているアビマエㇽ・グスマン受刑囚(センデロ・ルミノソ=SL=輝く道の最高指導者)、ビクトル・ポライ受刑囚(MRTA=トゥパック・アマル―革命運動の最高指導者)や、別の場所にある警察施設内の一戸建てに収監されているアルべルト・フジモリ受刑囚らの身柄をアンコンなど別の刑務所に移すことを検討中。    海軍司令部は数年前から、最重要受刑囚たちのいる基地内刑務所の閉鎖を政府に要請している。カスティージョ政権は、モンテシーノスの選挙結果を変えようとした陰謀の発覚を機に、その身柄をまず移した。    一方、ケイコは25日、父親の移送可能性を察知し、高齢で病弱の父の移送は「殺人行為になる」と警告した。    なお、ポライは禁錮30年の実刑が来年満了、出所する見通し。  

イースター島先住民の土地回復要求を米州機関が認める

       南太平洋のチリ領の孤島、先住民族ラパ・ヌイの住むラパ・ヌイ島(パスクア島=イースター島)の彼ら先住民が先祖伝来の共有地の所有権を求めた訴えに希望の灯がともった。   米州諸国機構(OEA)の機関CIDH(米州人権委員会)は8月22日、ラパ・ヌイの長老会と議会が2015年に提起した土地所有権回復の訴えの正当性を認めた。   CIDHは次の手順として、この件に関する最終報告書を作成。それによって米州人権裁判所(CorteIDH、コスタ・リカ首都サンホセ)の審理準備が整う。   チリ政府は今から4か月内に弁明書をCIDHに提出せねばならない。島はチリ本土の西方3800㎞にある。多数の石像モアイの存在で知られる。   米州裁の判決が出れば、その判断はチリの最大先住民族マプーチェをはじめとする他の先住民集団が同種の要求で提訴した場合、判例になり得る。それだけにチリ政府や地主たちは、今回のCIDHの判断を深刻に受け止めている。   また、マプーチェきっての知識人が議長を務める制憲会議による新憲法起草作業に、同裁判の審議が影響を及ぼす可能性も否定できない。     

カスティージョ秘大統領の支持率が38%に落ちる

    ペルーのペドロ・カスティージョ大統領は7月末の発足から4週間近いが、有権者の支持は芳しくない。    ラ・レプーブリカ(共和国)紙が8月22日報じたペルー研究所(IEP)による最新の世論調査によれば、カスティージョが「政権を主導している」と38%が捉えているが、46%はカスティージョ主導を否定した。残る16%は「わからない」だった。    7月28日の大統領就任時のカスティージョ支持率は53%、不支持率は45%だった。この53%から、現在の支持率と受け止められる38%への低落は、ギド・べジ―ド首相任命をはじめとする「左翼人事」への不信感によるところが大きいと見られている。    カスティージョ政権に対し「希望」を抱く者は33%、「不安」27%、「恐れ」14%、「信頼」13%、「幻滅」8%だった。    向こう1年内に国の経済が悪くなると43%が展望し、その期間に家計も悪化すると44%が悲観する。29%は経済が向上すると答え、24%は楽観視していると回答した。国の経済状況は変わらないと23%、家計も変わらないと28%が、それそれ答えている。    カスティージョは、高齢で過去に舌禍事件を起こしていた左翼の外相を更迭したが、指導力のあるうちに、政権内部から足を引っ張る古い型の左翼勢力を切り離さないと動きが取れなくなるだろう。           

グアイドーの「政権詐取」終わるーVEN大統領が評価

          ベネズエラのニコラース・マドゥーロ大統領は8月21日、フアン・グアイド―前国会議長派による「政権詐取」は終わった、と強調した。13日にメキシコ市で同派を含む野党勢力はマドゥーロ政権と、政治正常化交渉を開始したが、それに際して合意書に調印した。    この調印は従来、マドゥーロ政権を合法政権と認めず、トランプ前政権に後押しされて2019年1月から「大統領代行」を宣言し、実態のない米傀儡体制の長として振舞っていたグアイドーがマドゥーロ政権を承認したことを意味すると解釈できるからだ。    グアイドーは21年1月、国会議長任期が終わり、国会議員でもなくなって、「大統領代行」を宣言した根拠も失った。    一方、トランプ政権でベネズエラ問題を巡る米大統領特使だったエリオット・エイブラムスは21日、VEN野党勢力が11月の知事・市長選挙に参加するならば、米政府は野党勢力を支援すべきだし、彼らが「グアイドー暫定政権」を廃止ないし改革するのであれば、それも支援すべきだ、と述べた。    ラ米では、トランプ政権の肝煎りで結成されたマドゥーロ政権打倒のための米州外交調整機関「リマグループ」からメキシコ、アルゼンチン、ボリビア、ペルー、セント・ルシーアが脱退、存在感が薄れる一方だ。

ハイチ地震から1週間、被害状況が明らかに

     ハイチ南西部で8月14日起きたM7・2の地震から21日で1週間。死者は2200人が確認され、負傷者は1万2300人を超えた。344人が所在不明となっている。   被災者60万人が緊急援助を必要としている。家屋は7万7000戸が半壊、5万3000戸が全壊した。 道路や公共施設建物も破壊されている。   学校206校の校舎が全半壊している。学生・生徒の死者は3人だけだった。余震は25回以上続いており、その最大のものはM5・2だった。   メキシコ、ベネズエラ、パナマ、コロンビア、チリ、米国、ドイツ、日本などから援助物資が到着している。ビエントス海峡越しの隣国キューバは医療チームを送り込み、負傷者を手当てしている。   コロンビア政府は、7月のジョヴネル・モイーズ大統領暗殺事件に関与し逮捕されたコロンビア人傭兵コマンド18人への「人道的裁判」をハイチ側に求めており、素早く援助物資を送った。   国連のアミナ・モハメド事務次長が来訪、被災地を視察し、アリエル・アンリ暫定首相と復旧復興支援について話し合った。国連試算では1億8700万米ドルの緊急援助が必要。   9月26日に延期されていた大統領・国会議員選挙は11月7日に再延期されたが、依然続く政界の混乱と、大地震による社会の混乱で選挙は来年に持ち越される可能性が出ている。

ペルー政府がFARC武器事件で父フジモリを裁く方針

   ペルーのギド・べジード首相は8月18日、チリ政府に対し、アルべルト・フジモリ元大統領(83)を法廷で裁くための起訴案件を増やすのを許可するよう要請することを決めた。   フジモリは政権3期目の2000年11月、日本に亡命。だがペルーでの政界復帰を決意し05年離日、ペルーの隣国チリに到着し、逮捕された。   ペルーはチリに身柄引き渡しを要求した。長期の交渉の末、両国は腐敗5件、人道犯罪2件にかぎって裁くことで合意。07年9月、フジモリの身柄をペルーに引き渡した。   法廷は09年、フジモリに禁錮25年の実刑判決を言い渡し、10年初め、確定した。以来、短い出所期間を除き、フジモリは特別に設えられた一戸の家のような拘置施設で刑期を勤めてきた。   カスティージョ政権がチリに要請するのは、フジモリ政権が1999年にヨルダンで武器を買い、これをコロンビアゲリラFARC(コロンビア革命軍)に転売しようとした武器密輸工作事件(シベリア計画)でフジモリを起訴すること。   この事件はCIAが暴露して大問題になった。事件に関与したフジモリの側近ブラディミロ・モンテシーノスは、06年から禁錮20の実刑に服している。   カスティージョ政権が今になって起訴案件を拡大するのは唐突の感を免れないが、幾つかの理由が考えられる。   その一つは、べジード首相をはじめ政権の重要人物らが、ペルーの極左地下結社センデロ・ルミノソ(SL=輝く道)に関係した疑いで捜査対象になっていること。   隣国コロンビアでは、FARCの残党部隊がベネズエラ国境地帯で依然活動している。ペルーではSLの残党が農村部で今もうごめいている。武器密輸工作事件でフジモリを裁けば、カスティージョ政権への「心証」が改善されるとの計算があるだろう。   もう一つは、今年の大統領選挙決選でカスティージョと大接戦を演じたケイコ・フジモリの政党FP(人民勢力)は今や国会内での政敵であり、政権に揺さぶりをかけつつある。ケイコの父親フジモリを新たに裁けば、ケイコを強く牽制することができる。   また、ケイコは過去の不正選挙資金受領、その洗浄で起訴され、係争中。検察は禁錮30年の実刑を求刑する構えだ。フジモリの「新たな起訴」は、娘ケイコとFP党を要さぶる効果を持つ。   問題は、内なる憂鬱な問題から国民の目をそらせるためと受け取られかねない

ハイチ大統領暗殺事件の細部が明らかに

   ハイチ大統領暗殺事件(7月7日未明発生)の細部が明らかになりつつある。コロンビアのカラコル放送が8月18日伝えたところでは、コロンビア人傭兵コマンドは事件前日の7月6日、ハイチ首都ポルト―プランスのマフィア、ジャアル・ロドルフェ邸に集合した。   元司法省職員ジョセフ・バディオから作戦を授けられ、作戦決行手順を打ち合わせ、ロドルフェが用意した自動小銃などの火器類を渡された。計16丁で、20人を超えるコマンドの全員には行き渡らなかった。   コマンドは5人ずつ4グループに分けられた。(註:すると計20人で、公式発表されてきた「26人」と矛盾する。)   一行は、7日未明(真夜中)、車6台に分乗して、ジョヴネル・モイーズ大統領の私邸に向かった。途中、歩哨所で警官たちを射殺した。   当初の計画では、モイーズ大統領の逮捕が目的だったが、バディオは殺害を命じた。コマンドは、司令役の元陸軍大尉ヘルマン・リベーラ、および元少尉、元軍曹、元兵卒各一人の幹部4人が中核だった。4人は現役時代、対麻薬作戦特殊部隊の隊員だった。   モイーズ邸構内に入ると、警備の警官たちは従順だった。バディオは大統領殺害の証人を残さないため、大統領一族、警官、護衛ら現場にいた者全員を皆殺しにする命令を下していた。(註:従順だったため攻撃しなかったもよう。)   大統領は妻と共に邸宅の2階にいた。コマンドのうちのピネーダというコロンビア人が夫妻に乱射、大統領は12発を撃ち込まれて即死、妻は重傷を負った。   コマンドは邸内で掠奪し、巨額の現金の入ったカバン類を持ち出し、車に積んだ。この現金は、コマンドを募集したコロンビア人経営のCTU社(マイアミ拠点)のもので、コマンドへの報酬が含まれていた。(註:現金が事件に先立って邸内に搬入されていたのではないかという疑問がわく。この点は明らかにされていない。)   任務を終えたコマンドは、現金を運ぶ車は別として、徒歩で邸宅の敷地外に出た。そのまま大統領政庁に向かった。そこでは新大統領が就任し、クーデターが完成するはずだったが、誰も就任しなかった。コマンドは新大統領の護衛になるよう約束されていた。   エマニュエル・サノンという医師にして牧師が大統領になる野心を持っていたようだ。(註:その場にいたかどうかは定かでない。)   明けた7日午後から警察による取締まり

ラ米短信:ベネズエラ外相が交代

 ベネズエラ外相が8月19日、ホルヘ・アレアサからフェリックス・プラセンシアに替わった。アレアサは鉱業・国産相に転じた。 ▼チリがアフガニスタン10家族を受け入れへ  チリのセバスティアン・ピニェーラ大統領は8月17日、アフガニスタンで女権拡張や人権擁護に携わってきた女性のいる10家族のチリ移住を受け入れる、と明らかにした。また、チリ大学医学部に留学中のアフガン女性1人の姉1人をも受け入れると述べた。  ▼ルーラが大統領選挙出馬への意欲表明  ブラジルのルイス=イナシオ・ルーラ=ダ・シルヴァ元大統領は8月17日、訪問先のペルナンブコ州都レシ―フェで、「75歳になった今ほど大統領になりたいと思ったことはない」と述べ、来年の大統領選挙に労働者党(PT)から出馬する意欲を表明した。  ルーラは8月26日、ジャイール・ボウソナロ伯大統領を批判した際、「ボウソナロはマドゥーロ(VEN大統領)よりも悪い」と口を滑らせた。 ▼キューバで「サイバーテロ」防止法発効  キューバで8月17日、サーバー規制法「政令35」が発効した。サイバーの倫理的・社会的・攻撃的事件(サイバーテロ)を防止するため。虚偽情報、攻撃的メッセージ、「国辱的発言」を排除する。政府は「サイバー空間でも政府が主権を行使する。(その行使権は)個人や法人にはない」と表明した。新法は、7月11の対政府抗議・反体制行動を受けて制定された。 ▼ハイチが3日間、国喪に服す  ハイチのアリエル・アンリ暫定首相は8月16日、大地震の死者は1419人に達したと明らかにし、同日から3日間の国喪を宣言した。 ▼アフガン撤収と対玖侵攻作戦の2つの大失敗を並べる  オバマ元米政権でCIA長官と国防長官を歴任したレオン・パネッタは8月17日、バイデン政権のアフガニスタン撤兵失敗を、「(1961年4月のケネディ政権による)玖ヒロン浜侵攻作戦に比肩しうる大失敗だ」と指摘した。    

ペルー外相が辞任、カスティージョ政権早くも躓く

   ペルーのカスティージョ政権は発足後3週間の8月17日、主要閣僚であるエクトル・べハル外相(85)が辞任、早くも躓(つまず)いた。   原因は外相就任前の今年2月、べハルが左翼陣営の会合で、「ペルーでのテロリズムは海軍が始めた。海軍はCIAから訓練を受けていた」と語っていたこと。海軍司令部は8月16日、声明で外相の過去の発言を糾弾。べハルは辞任に追い込まれた。   その2月の会合でべハルは、「センデロ・ルミノソ(SL,輝く道)の多くはCIAがでっちあげたものだ」とも語っている。   べハルは国際社会を飛び周る外相として高齢が危ぶまれていたが、舌禍事件が災いした。ぺドロ・カスティージョ大統領は後任外相の人選に入った。   海軍は2月のべハル発言から5カ月余り、べハル糾弾の機会をうかがっていたことになる。ペルー国軍で最も保守的で政治的右翼なのは海軍。SLの最高指導者アビマエㇽ・グスマン受刑囚は、終身刑でリマの外港カヤオ港の海軍司令部内の刑務所で服役している。   べハルはキューバ革命後の1960年代、ペルーでゲリラ組織を結成し活動、逮捕された。だが恩赦され、68年10月の軍事クーデターで発足したフアン・べラスコ=アルバラード将軍大統領の「軍事革命政権」に参加した。その後は大学教授などを務めた。   わずか3週間の期間に外相として残した実績は、マドゥーロ・ベネズエラ政権打倒路線の外交政策調整機関「リマグループ」からの脱退と、同政権との関係正常化の話し合いに入ったことぐらいだ。   辞任後べハルは、「海軍内の一部と国内極右勢力は、ペルーが独立・主権外交を展開するのを阻止したがっている」と指摘した。 ▼後任外相就任   新外相に8月20日、オスカル・マウールトゥア元外相(74)が就任した。アレハンドロ・トレード元大統領の下で外相だった。トレードの政党PP(可能なペルー)にカスティージョ現大統領は長年、所属していた。カナダ、ボリビア、タイ、エクアドールに大使として駐在した。ワシントン駐在経験もある。  

米政府が民間航空に対玖人道物資輸送飛行を認可

      米政府がキューバに「人道救援物資」などを運ぶ民間航空機の対玖運行を7月下旬に認可していたことが16日明らかになった。トランプ前米政権は昨年8月、米玖間のチャーター便運航を禁止、以来その状態が続いていた。   運行を許可されたのは、IBCとスカイウェイの両米航空会社。両社はそれぞれ、マイアミとハバナ、および他の空港への飛行が認められた。積荷は食糧、薬品、医療器具などの人道支援物資。米在玖公館用の物資も運ばれる。   スカイウェイは7月22日から9月28日までハバナへの計20往復と、9月28日から11月30日まで週2回ハバナ便を運航する。   同社はまた、7月22日から11月30日まで、サンティアゴ、オルギン、カマグエイ、サンタクラーラ、マタンサスに各週1度運行する。   一方、IBCは7月27日から12月31日まで、ハバナ、マタンサス、サンタクラーラ、カマグアイ、サンティアゴへ週5便運航が認められた。   米国は7月11日キューバで全国的に起きた対政府抗議行動および反体制運動の原因の一つが物資欠乏と、コロナ疫病COVID19による医療崩壊にあったのに鑑み、両社に運行を許可した。   だがバイデン政権に対玖経済封鎖を解除する気配はない。玖政府が米国からの「人道援助」を受け入れるか否かは16日現在不明。玖政府はとくに、7月の反体制運動は「米国が関与した」と糾弾してきた。   ディアスカネル政権は、米国からの支援物資を体制転覆の基盤を創るための「トロイの馬」と警戒し、受け入れを拒否してきた。   キューバは独自に対コロナワクチンを開発し接種中だが、疫病は猛威を振るい続け、連日のように9000人近くが感染し、死亡も90人前後に達する日が数なくない。キューバの著名な透析専門医チャールズ・マグランス医師(89)も16日、COVID19により死去した。      

モラレスが秘大統領に「多民族のアメリカ」構想を提示

    ボリビアのエボ・モラレス元大統領はこのほど、ペドロ・カスティージョ大統領派教組の招きで訪秘し、リマ市で8月11日、同大統領と会談した。モラレスは15日、「多民族のアメリカ」構想をカスティージョに提示したこととを明らかにした。  この場合の「アメリカ」は、①南米②ラ米③大カリブ圏13か国を加えた「ラ米+カリブ=広義の南米」④米州=ラス・アメリカスーの順で意味する。  「人民の、人民のためのアメリカ」を創ることであり、「人民」の中心には先住民族が位置付けられている。  モラレスは今年4月、先住民族主体の「RUNASUR」(ルナスール)を結成、これを「多民族のアメリカ」構想の発信母体にしている。  RUNASURには、南米右傾化で挫折した南米諸国連合(ウナスール)を復活させたいという意味が込められている。モラレスは説明していないが、「R」は「再生」(レナシミエント)かもしれない。  モラレスは、カスティージョが示した反応を明らかにしていない。    

ハイチで大地震、1300人死亡

    ハイチで8月14日朝、M7・2の大地震が発生、15日までに死者約1300人、負傷者約6000人に達した。震源地は首都ポルトープランス南西の地中。    この国は2010年1月、同規模の激震に見舞われ、23万人が死亡した。その復興が不十分なときに、またも地震の打撃を受けた。当時はコレラが蔓延、災害に輪をかけた。    7月7日にはジョヴネル・モイーズ大統領が暗殺され、事件の解明が徐々に進んでいるさなかの災害となった。    震源地に近いルカイ市の病院では、損傷したうえ余震があるため、庭で負傷者を手当てしている。医師らは「死者を数えたり収容したりする時間はない」と、緊迫した状況を語っている。    ハイチと国境を接するドミニカ共和国(RD)、カリブ沿岸のキューバ、メキシコ、ベネズエラなどが緊急援助を続々表明している。キューバは「ヘンリー・リーブ国際医療支援団」を急派、すでに現地で負傷者を診察、手当てしている。 ▼死者2000人に迫る    ハイチ地震の死者は8月18日現在、約1950人、負傷者約9000人に達した。    

ニカラグア政府がラ・プレンサ紙を発行不能に追い込む

    ニカラグア警察は8月13日、首都マナグア市内の日刊紙ラ・プレンサ本社を家宅捜査し、フアン=ロレンソ・ホルマン社長を拘禁した。電源は切られ、電脳機器類は押収され、社員同士の連絡は困難になった。    同紙は12日、税関で新聞用紙が差し押さえられたため13日以降、新聞発行は不可能になると表明していた。検察は同紙に「資金洗浄」、「税関詐欺」の容疑をかけ、13日の家宅捜査となった。    だがオルテガ政権の狙いは、11月7日の大統領選挙に備え、政府批判の中心的存在であるラ・プレンサを黙らせること。    今年5月以来、当局による政敵弾圧が続いており、これまでに大統領選挙出馬希望者7人をはじめ32人が逮捕拘禁された。ホルマンは33人目となる。    ラ・プレンサは、この国で最も長い歴史を誇る最大の新聞。ソモサ独裁期には反独裁の論陣を張り、1978年、ペドロ=ホアキン・チャモーロ社主がソモサ派に暗殺された。    この事件を契機に国民が反独裁で団結、ゲリラ組織FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)を前衛とするニカラグア革命が79年7月勝利し、FSLN主体の政権が発足した。だがレーガン米政権が81年から革命体制破壊のため反革命軍コントラを送り込み、80年代は内戦に明け暮れた。    チャモーロ社主の妻ビオレタは1990年の大統領選挙に出馬。日米両国の強力な支援を得て勝利し、85年に就任したダニエル・オルテガ大統領のサンディ二スタ政権は潰えた。     3代の新自由主義政権を経た2006年、オルテガが当選。07年1月、オルテガ派FSLN 政権が復活し、これまで連続3期続いてきた。オルテガは11月選挙で連続4選、通算5期目を目指す。オルテガの妻で詩人のロサリオ・ムリージョは現在、副大統領1期目にある。    オルテガ政権はニカラグアの太平洋岸とカリブ海側を結ぶ両洋間「大運河」建設を試みたが、技術的困難や資金不足から挫折。18年4月からは反政府街頭行動に遭ってきた。    トランプ前米政権は反政府行動を支援、これはバイデン政権に引き継がれている。 ▼作家セルヒオ・ラミレスに逮捕状    1979~90年にサンディニスタ政権に参加し、80年半ばからダニエル・オルテガ大統領の下で副大統領を務めたが、サンディニスタ下野後の95年サンディニスタ刷新運動(MRS)を結成しオルテガと袂を分

メキシコ市でベネズエラ政治正常化交渉始まる

    メキシコ市で8月13日、ベネズエラ政府と野党勢力の間で政治正常化のための話し合いが始まった。墨国立人類学博物館講堂での対話開始の式典では、貸座敷メキシコのマルセロ・オブラ―ル外相による歓迎の挨拶に続き、仲介国ノルウェーのダグ・ニーランダー代表が交渉基盤となる合意書の内容を説明した。    同代表は「あくまでベネズエラ人が解決すべきだ」と強調し、マドゥーロVEN政権打倒工作を続けてきた米政府やリマグループを暗に批判。併せて、マドゥーロ政権に解決のための環境づくり(譲歩)を暗に促した。    合意書は、エブラ―ル外相立ち合いの下、VEN政府主席代表ホルヘ・ロドリゲス国会議長、野党側「VEN統一綱領」(PUV)首席代表ヘラルド・ブライデ=ぺレス元カラカス首都圏バル―タ区長、ニーランダーが署名した。4人は合意書を開いて記念撮影に臨んだ。    今交渉の中心的目的は、「憲法規定に則った選挙過程実現、および国際社会による制裁解除」。制裁は、主に米国と欧州諸国による。    合意書の骨子である議題は7項目。①VEN全有権者への政治的権利②全有権者への選挙保障および監視団付き選挙の実施日程③制裁解除と資産所有権回復④憲政法治国家尊重⑤政治的社会的共生(暴力糾弾・暴力被害者救済)⑥国家経済と国民の保護⑦合意実施・続行・検証ー。    ノルウェーのほか、ロシアとオランダが「交渉同伴国」になる。 【参考:デモクラシータイムス「ベネズエラ報道と真実」、および同「ボルトン回顧録とべネズエラ」】  ▼次回は9月    ベネズエラ政府と野党側は8月15日、メキシコ市での政治正常化のための第1回交渉を終えた。次回は同市で9月3~6日開かれる。 ▼マドゥーロ大統領が「交渉成功」と評価    ニコラース・マドゥーロVEN大統領は8月16日、内外記者団と会見し、メキシコでの第1回交渉について「成功した」と評価した。また「米政府と話し合う用意がある」とあらためて表明、「米指導部は南米諸国への憎悪と見下しを捨てねばならない」と強調した。    さらに、「我々は(トランプ前米政権が擁立した)グアイドーを政治的に打ち破った。それは米政府の政治戦略を打ち負かしたことになる」と自賛した。        

ブラジル大統領が電子投票廃止に失敗

   ブラジル国会下院は8月10日、来年の大統領選挙の投票方式を1996年以来の電子投票から、それ以前の投票用紙による投票に戻す改正法案を否決。極右、反知性と刻印されているジャイール・ボウソナロ大統領は痛撃を食らった。    大統領は「電子投票は不正を招く」と根拠なく主張。下院投票日の10日、大統領政庁前で軍事行進を実施、近くにある国会や最高裁判所を「威嚇」した。この行進も厳しく批判された。    ボウソナロはコロナ疫病COVID19対策を怠り、おびただしい数の感染者・死亡者を出した不作為の責任を問われている。また経済不況から抜け出せないままだ。国家元首らしくない言動も問題視されている。    再選を狙う来年の選挙は各種世論調査結果から、ルイス=イナシオ・ルーラ=ダ・シルヴァ元大統領の当選可能性が濃厚と見られている。    下院は下院は定数513。改正法案可決には308票が必要だったが、賛成が229で、79票足りなかった。反対派218、棄権1で、55人が不参加だった。

セント・ルシーアが「リマグループ」を脱退

   セント・ルシーアのアルバ・バプティスト外相は8月12日、ベネズエラとの国交を正常化させると表明、反ベネズエラ政策調整機関「グルーポ・デ・リマ」(グリマ)を即時脱退すると発表した。   セント・ルシーアではこのほど、保守政権から進歩主義政権に交代、以前のようなベネズエラとの友好関係を再開させた。   グリマは2017年、マドゥーロ政権打倒を目指すトランプ米政権(当時)の肝煎りでリマ市で結成された。ラ米12、カリブ1,およびカナダの14カ国が原加盟国だった。その後数カ国が加盟した。   だが米国のラ米外交と一線を画すメキシコ、アルゼンチン、ボリビアが脱退。今月、カスティージョ新政権のペルーが脱退したばかり。セント・ルシーアは5カ国目。   トランプ前政権はフアン・グアイドーVEN国会議長(当時)を「大統領代行」に擁立。この実体のない傀儡「政権」をグリマは承認し、支援していた。   トランプ下野で後ろ盾を失ったグアイドー前議長は今や国会議員でもなく、政治的影響力は衰えている。そこでメキシコで近く実施されるVEN政権と野党諸党との話し合いに代表を送ることにしている。  ~

ペルー政情、重大局面に向かい始める

      ペルーのペドロ・カスティージョ大統領は8月10日、オンブズマンと会計検査院長と会談し、国家評議会を来週招集すると約束した。マリーアデルカルメン・アルバ国会議長が9日、招集を求めたのを受けた決定。   アルバ議長は「国家の安定」について意思を表明するよう大統領に求めている。   一方、ギド・べジ―ド首相は11日、自身の信任投票を求めて23日、国会本会議に出席すると明らかにした。政情は重大な局面に向かい始めた。【13日首相出席は26日に決まる。】   検察は、べジ―ドを「テロリズム団体礼賛」容疑で捜査中。また同首相、および政権党PL(自由ペルー)党の党首ブラディーミル・セローン書記長を「不正選挙資金洗浄」容疑で捜査している。べジ―ドはセローンの側近だ。   反べジ―ド気運が高まっている国会で信任投票が実施されれば、解任される公算が大きい。政権党と協力政党を合わせた議席が定数の3分の1にも満たないからだ。解任されれば、カスティ―ジョ政権は発足1カ月も経たずに重大な危機に陥ることになる。   カスティージョ大統領は、「国会による不信任を待たず、任務を遂行しない者は辞任することになる」と語っている。セローンの意向を受けて任命したべジ―ド首相に対し、暗に辞任を求めているのかどうか定かでない。   べジ―ド首相就任に反対していたペドロ・フランケ経済・財務相は11日、英紙フィナンシャルタイムズによるインタビュー記事で、「カスティージョ大統領が考えている経済改革に限っては、拳法を替えなくても遂行可能だ」と述べている。   カスティージョは、ボリビアMAS(社会主義運動)政権に倣った民族主義経済路線を志向し、同国のエボ・モラレス元大統領が新憲法制定によって、その経済路線を確立したように新憲法制定を目指している。   新憲法制定は、単に経済路線確立に留まらず、ペルーを「多民族国家」と公式に規定するなど、独立200周年を機に国の在り方を変える狙いを持つ。   だがべジ―ド首相とセローン党首の問題に象徴されるように、カスティージョ政権は発足時から危機にのめり込みつつある。カスティージョが信頼する重鎮フランケは、現時点では制憲議会開設による新憲法制定は不可能に近いと見ており、敢えて改憲なしでも経済改革は可能と述べたわけだ。   エボ・モラレスは、カスティージョ派教組に招かれてリマ滞

ハイチ大統領暗殺事件の担当判事決まる

        ハイチ司法当局は8月10日、ジョヴネル・モイーズ大統領暗殺事件(7月7日発生)の担当判事を若手のマシュー・シャンラット判事と決定した。同判事には捜査や判断が遅いという評価があり、事件の早期解明は望めないと見る者が少なくないと伝えられる。    司法当局はいろいろな判事に働きかけたが、誰もが「身の安全が保障されない」として任命を拒否していた。    同判事にはすでに捜査当局から事件の証拠物件が引き渡されているが、その中には、生前のモイーズと民間エネルギー企業ソジネル社との確執を示す書類も含まれているという。同社のほ、事件の黒幕たちはほぼ判明しており、逃亡者は国際手配済み。     事件当時、現場となった大統領私邸には、巨額の米ドル紙幣とハイチ通貨グールドの紙幣が運び込まれていた。コロンビア人傭兵たちの報酬も含まれていたもようで、殺害された傭兵3人のうちの一人は、防弾チョッキの内側に4万ドルを隠し持っていたという。    また傭兵ら事件容疑者らの捜索や逮捕に貢献した住民には、現金が渡されたり飲食が振舞われたりしたが、それらの資金は、大統領邸にあった資金の一部だという。    一方、コロンビア国会上院は10日、国防相、外相らを呼んで、コロンビア人の退役軍人や傭兵の実態についてただす聴聞会を開くことを決めた。

ペルー国会議長が大統領に「国家安定」を注文

   ペルー政治における2重構造が明確になってきた。行政府の長ペドロ・カスティージョ大統領の「未熟さ」が混乱を招いているのと、その政権党PL(自由ペルー)党が国会内で少数派であるため国会議長が立法府長の地位を最大限に活用し政治的影響力を行使しているためだ。   カスティージョ大統領の「混乱」は、PL内がカスティージョ派と、党首ブラディーミル・セローン書記長派に割れていることにもよる。セローン派大番頭のギド・べジ―ド首相の退陣を求める世論が高まりつつあり、カスティージョは政権党と国会(世論)の板挟みになっている。   1980年代前半のべラウンデ政権の与党、人民行動(AC)党員だったマリーアデルカルメン・アルバ国会議長は8月9日、カスティージョに公開メッセージを送り、早急に国家評議会を開き、「国家安定のメッセージ」を発するよう求めた。   国家評議会は立法、行政、司法3権の長、オンブズマン、国家司法会議長、検事総長、国家選挙審議会(JNE)議長、会計検査院長で構成される最高機関の中枢機関。   アルバ議長はまた、べジ―ド首相以下の閣僚人事の不透明さを指摘し、同首相らの「解任」を事実上求めている。「国家安定」と同首相の存在が相容れないと考えているからだ。   一方、9日発表のIPC世論調査によれば、就任後2週間近いカスティージョ大統領の支持率は40%、不支持は47・7%、12・3%は「わからない」だった。   カスティージョとセローン党首との関係については、「大統領は自主的に判断している」が32・2%、「セローンの言いなり」58・1%だった。「セローン介入」の是非については、良しとする者は8・5%、反対は85・8%だった。   カスティージョ政権への信頼は、「大いに信頼」25・8%、「あまり信頼していない」45・4%、「まったく信頼していない」25・9%。   新政権の望ましい思想傾向では、中道33%、穏健左翼31%、穏健右翼10・6%、極左4・4%、極右2・6%、わからない・無回答18・35だった。    アルバ国会議長については、支持34・9%、不支持40・3%。国会での政権信任投票実施の是非は、多数派が「必要」と答えた。 ▼エボ・モラレスが来訪   モラレス元ボリビア大統領は8月10日、ペルー教育労働者全国連盟(FENATEPERU)の招きでペルー入りした。この連

キューバ政府が在外同胞に民間企業への投資呼び掛け

    キューバ外務省領事業務・在外玖人保護局は8月7日、在外キューバ(系)人に祖国への投資を呼び掛けた。政府は6日、民間部門として中小零細企業(MIPYMES=ミピメス)を「経済活動当事者」と正式に認めたばかり。この新部門への投資を呼び掛けたのだ。    従業員は零細(1~10人)、小(11~35人)、中(36~100人)で、その人数で企業規模が判断される。    この3種の他、非農牧協同組合、自営業も民間部門。玖経済の経営形態は、国営大企業群、国営・外資合弁企業、民間部門の3者の「混合」が一歩進んだことになる。    だが業種は、保健、教育、報道、電気通信、治安・防衛、エネルギーなど戦略的部門は禁止されている。この点は自営業種でも同じ。    問題は、新形態MIPYMESが「有限責任会社」(SRL)になるのを強制されるかどうかだ。株式会社と違って、SRLは会社内外に広く株を売って資金を集めることができず、社内(出資者)だけしか資金を出せない。したがって経営が小規模になる。    中小零細だから最初は小規模だが、数社が合併して大きくなることは当面、許されそうもない。のし上がれば、国営企業や合弁企業が脅かされることになりかねないからだ。    重要なのは、7月11日の全国的な対政府抗議行動を受けて、共産党政権が経済開放の方向に徐々に歩み始めたことだ。    抗議行動は、革命体制を強く揺さぶり、頑迷な長老ら反開放派(守旧派)の立場を弱めることになった。革命戦争後世代であるミゲル・ディアスカネル大統領は今を、抗議行動によって内外に印象付けられた体制危機という禍を転じて福となす好機と捉えている。    そこで在外玖人による投資だが、その人口が圧倒的に多い米国のバイデン政権は厳しい対玖経済封鎖を維持している。それにはキューバ向けの送金(投資)規制も含まれており、在米玖系社会が簡単に投資できる状況ではない。  【参考資料:デモクラシータイムス「あなたに知ってほしいラテンアメリカ」シリーズ第8回「波高しカリブ海」】

広島・長崎被爆の惨劇を記す書籍『爆弾』が刊行さる

    この夏、広島・長崎への原爆投下による惨事を詳述する『爆弾』という本がフランス語で刊行された。   ベルギー人作家ディディエ・アルカントゥ、カナダ人イラストレイター、デニス・ロジャー、フランス人ジャーナリスト、ローラン=フレデリック・ボレエの共著。  その西語版『ラ・ボンバ』も、スペインの出版社ノルマから出た。472頁と分厚い。 

SVGのゴンサルヴェス首相が石で頭部殴打さる

    サンヴィセンテ&グラナディーンのラルフ・ゴンサルヴェス首相が8月5日、石で頭部を打たれ裂傷を負い、首都キングズタウンの病院で応急手当を受けた後、精密検査のためバルバドスに搬送された。    首相は、コロナ禍対策を審議中の国会に入ろうとしていたところ、同対策に反対し抗議デモをしていた群衆の一人に石でこめかみ部分を強打された。首相は血だらけになり、病院に急送された。命に別状はないという。首相は8日に75歳になる。    犯人は同日、「襲撃・殺人未遂」現行犯で逮捕された。    同首相は、カリブ共同体(カリコム)内の進歩主義・左翼陣営にあり、キューバやベネズエラに近い。

ぺル―新政権の支持率はわずか39%

   8月6日公表されたDATUM世論調査の結果によれば、ペドロ・カスティージョ大統領の支持率は39%、不支持率は41%、20%は「わからない」だった。調査は今月初め実施された。   「誰が真の統治者か」については、政権党PL(自由ペルー)党のブラディーミル・セローン書記長(党首)48%、カスティージョ大統領42%で、セローンが6ポイント上回り、「影の最高指導者」と見なす有権者が多いことがわかった。    PL国会議員団長格のボセロ(スポークㇲパーソン)にこのほど、セローンの実弟ワルデマル・セローン議員が就任。セローン党首による党支配の意向が如実になった。    検察が「テロリズム組織礼賛罪」違反容疑で捜査しているギド・べジ―ド首相には76%が反対する。また閣僚には「無能者が複数いる」を57%が認めた。    カスティージョ政権の「透明性」については62%が「ない」、29%が「ある」と回答した。「報道の自由」は」67%が「制限されている」、27%が「自由がある」と答えた。    以上のような数字から、カスティージョ政権の主要な不安定要因が、セローン党首とべジード首相にあることが確認された。    PLの「雇われ候補」として大穴を当てた一途で純朴な農村教師カスティージョを、世智に長けたセローンと、その側近べジ―ドが牛耳っている、という構図を有権者の多くは描いているということか。    政権発足からわずか10日、世論は新政権に「100日間の蜜月期間」を与えることなく、厳しく批判しているのだ。カスティージョ・セローン・べジ―ドの「権力の三角形」に真摯な改善がなければ、黄信号が赤信号に変わるのは時間の問題になるだろう。    1990年のフジモリ政権発足以来31年続いてきた保守主義にして新自由主義経済路線のペルー社会の支配権を手放したくない富裕層および穏健派市民は、カスティージョ政権の舵取りを危惧している。事態が放置されれば、危惧は敵視に変わるはずだ。    国会でも政権党と支持勢力は議席が3分の1にも及ばない。反対派は大統領を追放できる数の力を秘めている。カスティージョら政権指導部に求められるのは、理想主義を踏まえた現実主義と実利主義だろう。    大統領の活路は、セローン、べジ―ドらPL左翼陣営と袂を分かち、国会内で中道・中道左翼の連立体制を築くことだ。難しいが不可能で

閉じなかった円環ー日本五輪サッカーに思う

   1968年10月24日、駆け出し期にあった私はメキシコ市南部のアステカ競技場の記者席にいた。メキシコ五輪サッカー3位決定戦を取材していたのだ。日本対メキシコ(墨国)=日墨戦だった。    当時23歳のエース釜本邦茂(現在77歳)が2ゴールを決め、日本は五輪初のサッカーメダルに輝いた。観客席は10万人を超えるメキシコ人で埋め尽くされていた。熱気と殺気を帯びた敵地で、日本は勝ってしまったのだ。   釜本は計7ゴールを挙げ、得点王になっただけでなく、フェアプレー賞も獲得した。   サッカー日本選手団も我々記者団も、五輪村に無事帰れるだろうかと不安だった。   完封され銅メダルを逃したメキシコの憤懣やるかたない大観衆は、それをどこにぶつけるか、標的を探しているようにも映っていた。競技場周辺にも大群衆がいた。   結局、みな無事だった。選手村と記者村に何とか帰り着くことができた。   それから53年後の今夜、東京五輪の埼玉スタジアムで、銅メダルを争う日墨戦が再現した。今度はメキシコが敵地で戦った。そして3対1で、彼らが勝った。   号泣する久保建英は20歳。釜本の役割を担わされていた重責からメダルなしで解放され、堰が切れたように涙したのだ。   私はこの試合を、53年前と二重写しにしながら観ていた。アステカ競技場でのあの日と大きく異なったのは、大観衆がいないことだ。前半で2ゴールを許した日本は、静寂の中で敗退した。   日本がメキシコ五輪から半世紀余り経って再びメキシコに勝てば、私の「思い出の円環」の一つが閉じることになると思っていた。それを期待していた。だが、円環は閉じなかった。   その結果、3年後の巴里五輪を待つ身となった。待つー円環の欠落部分は希望なのか。それは閉じることなく、膨らんでゆくのだろう。 ▼もう一つの円環は閉じた   1992年の、開催国スペインとしてはコロンブス米州到達500周年を記念して開いたバルセローナ五輪で、野球は正式種目になった。私は、この五輪も取材し、野球場にいた。   日本アマチュア界のエース投手、杉浦正則は当時24歳。日本チーム投手陣の一角を担っていた。私は、生真面目な彼から試合前後に情報を仕入れていた。金メダルを狙っていた日本の成績は銅メダルだった。   その後、日本はアトランタ銀、シドニー4位、アテネ銅、北京4位と浮沈を経、ロンド

ベネズエラ政府・野党対話はメキシコで13日開催へ

   メキシコのAMLO大統領は8月5日の記者会見で、ノルウェーの仲介によるベネズエラ政府と野党との会合をメキシコ国内で開くのを了承した、と明らかにした。13日からの予定だが、双方の代表団の到着次第では数日延期される可能性があるという。    VEN政府側は、ホルヘ・ロドリゲス国会議長、ミランダ州のエクトル・ロドリゲス知事らが出席する。ホルヘは、ニコラース・マドゥーロ大統領の第1の側近。エクトルは次代を担う指導者の1人と目されている。    野党側は、首都カラカス市バル―タ区のへラルド・ブリデ元区長を首席とし、フアン・グアイドー前国会議長派のカルロス・ベッキオ駐米代表、民主行動(AD)党のルイス・アギレス前国会議員、および新時代(UNT)党の1人がメキシコに行く。   双方は、今後実施される選挙の在り方を中心に話し合う。両者は2017、18両年、ドミニカ共和国で数回話し合い、19年にはノルウェーの仲介でオスロ、次いでバルバドスで会合した。だが決定的な合意には至らなかった。   野党側の中心にいるグアイドーは、後ろ盾だったドナルド・トランプ米大統領が今年1月退陣してからVEN野党政界における影響力が激減。存在感が希薄になり、マドゥーロが呼び掛けた話し合いに応じることになった。    メキシコは1980年代末から90年代にかけて、中米和平交渉の「貸座敷」となり、和平達成に貢献するなど、仲介や貸座敷の実績がある。 ▼通貨デノミネーション実施へ   VEN中央銀行は8月5日、現行通貨ボリ―バル・ソベラーナ(主権ボリ―バル)の「0」6桁を削除するデノミナシオンを10月1日実施し、名称を「ボリーバル・ディヒタル」(ディジタル・ボリーバル)とする、と発表した。100万ボリーバルSが、1ボリーバルDになる。超インフレに対処するためで、数年に一度実施されてきた。通貨は10月から電子化されるが、紙幣も発行される。       

ラウール・カストロ前玖議長の死亡説流れる

    キューバの前共産党第1書記、元国家評議会議長で、引退後も事実上の最高権力者と見なされてきたラウール・カストロ陸軍大将(90)の死亡説が数日来、非政府メディアで流されている。    それによれば、ラウールは7月31日、脳内出血と内臓不全で死去した、という。政府は否定も肯定も一切していない。過去にも死亡説が流れたことがあり、「敵陣」が打ち上げた観測気球(打診気球)との見方もある。    逆に「死んだ振り」して、身内の反逆者をあぶり出す、という罠ではないかとの見方も成り立つだろう。    ラウールには昨年来、「結腸癌、食道癌、肝硬変に冒されている」との「噂」も流れている。     ラウールは、全国的な抗議行動が起きた翌日の7月12日、共産党緊急政治局会議に出席した。また17日、ミゲル・ディアスカネル第1書記兼大統領ともに革命体制支持集会に姿を現した。だが以来、公共の場に現れたことはない。    玖革命の原点である26日のモンカーダ兵営襲撃蜂起の68周年記念日の行事にも出席しなかった。    「奇妙な符合」もある。7月半ばから、現役の陸軍東部軍団司令官アグスティン・ペーニャ将軍、4人の退役将軍、元大佐1人の計6人の軍人が死亡したが、死因は全く公表されていない。この不可解な「事件」に続いて流れたのが、ラウール死亡説だ。    もし死亡したのだとすれば、7月11日の抗議行動後、不安定な社会状況が続いているさなかに、ディアスカネル大統領は最大の後ろ盾を失ったことになる。国内の不満派、反体制派、米国内の玖系社会の反革命派、米政権などは勢いづくだろう。    国内不満派の抗議行動を弾圧すれば、ディアスカネル政権は重大な危機に陥る公算が大きい。90歳2か月のラウールが存命だとしても、先が長いとは考えられず、遅かれ早かれ、「ラウールの去った危機」は必ず訪れる。 ▼ラウールが出現    ラウール・カストロは9月11日、革命軍(FAR)内に予防部隊(通称「赤ベレー」)を創設した40周年記念日の式典を主宰した。ラウールが人前に姿を現したのは7月17日以来。    革命軍相時代の1981年のこの日、ラウールは国民保護と治安維持のためとして予備部隊を創設した。内務省軍特殊部隊「黒ベレー」に次ぐ治安出動部隊だが、7月11日の対政府抗議運動時に黒ベレーは警察部隊支援のため出動したが、赤ベレーは

メキシコが武器密輸で米企業11社を民事提訴

   メキシコのAMLO政権は8月4日、武器類を同国に不法輸出している米兵器製造企業と、その販売会社計11社を告発。ボストンの米連邦法廷に、武器密輸停止と賠償を求めて民事訴訟を起こした。墨外務省が明らかにした。   これらの米企業によってメキシコに密輸された火器類などの武器が、年間発生する殺人事件のうち1万7000人の殺人に使われており、事件で押収される銃器の70~90%は米国製という。   政府は過去2年間、この訴訟の準備をしてきた。要求する賠償額は、墨国内総生産GDPの2%に及ぶという。   マルセロ・エブラ―ル墨外相は、米国の兵器政策に介入する意思は毛頭なく、ただ密輸停止と賠償を求めているだけだ、と述べている。すでに墨都の米大使館に訴訟について通告し、訴訟意図を説明したという。   政府が訴えた米企業には、スミス&ウェソン、バレット火器製造、ベレッタ、センチュリー国際火器、コルト製造、グロック、スターム・ルガー、ウィットマー公共安全などが含まれている。犯罪集団を含むメキシコ民間の年間火器需要は37万丁。                   

キューバ政府が急場しのぎの「太陽政策」

   キューバ共産党政権は7月11日の、「反体制」を含む全国的な対政府抗議行動を受けて、国内向けに「太陽政策」を取り始めた。   政府は、キューバ在住の国民や在外国民、外国人旅行者らがハバナ国際空港などから入国する場合、食品・食糧、薬品、洗面用品を無制限・無関税で持ち込めることにした。この優遇制度は大晦日までの実験的措置で、来年はどうなるかわからない。   持ち込まれた物資が転売されるのは必至で、政府は車庫販売を許可した。これは、引っ越す人が台所用品、家具などを安く売りさばく「ガレージセール」ではなく、小売店のような役割を国民に許したことを意味する。「車庫販売者」は、自営業者のように政府当局への登録を必要としない。 【7月19日~8月2日にハバナ空港から入った無関税持ち込み荷物は112トンに達した。】   抗議行動は日常生活の必需品の欠乏とコロナ禍によるところが大きく、新たな措置は物流の一部を国民の手に委ねたことになる。「国家による独占」は経済面で少しずつ崩れつつある。   しかし、米ドルなど外貨を持つ者は外国へ買い出しに出かけたり、国内の外貨店で物資を入手したりすることが可能。だが外貨に接近できない者は生活苦に苛まれる一方だ。そこで政府は、最貧層向けに生活必需物資を配給することにした。   さらに外国からの緊急援助物資を国民に分配する政策にも着手した。ロシア、メキシコ、ボリビア、ベネズエラ、ニカラグア、ドミニカ共和国、ジャマイカなど友好国から食糧、薬品、雑貨、コロナ禍対策器具、燃料などが続々到着している。これらを配給するのだ。   だが政府は米国系NGOなどによる物資搬入「SOS作戦」に対しては、受け入れを拒否してきた。その援助搬入が「トロイの馬」の役割を果たすと見るからだ。   しかし、始まった国民向けの一種の「太陽政策」は自力更生策とはほど遠い、時間稼ぎのための対症療法に過ぎない。やはり市場化促進、自由をはじめ基本的人権を認める範囲を広げるなど、根本的な方策が不可欠だ。それがなければ、事態は悪化するばかりだろう。 ▼猛威振るう疫病   玖保健省は8月4日、前日3日、9363人がCOVID19に感染、98人が死亡したと発表した。1日の死者数としては、昨年3月以来最大。死者は累計3091人に達した。1日に9000人以上が感染するのは4日連続。感染者は累計42万26

ペルー大統領が批判浴び、従来の政庁で執務

   ペドロ・カスティ―ジョ秘大統領は7月28日の就任から8月1日までの5日間、リマ市ブレーニャ区の住宅に寝泊まりしつつ、行政と来訪者への対応を処理していた。そこは決選進出後から住居にしてきた所だ。   だが「大統領の動向も来訪者が誰だかもわからず、透明性に欠ける」と厳しく批判され、やむなく8月2日、従来の大統領政庁(政府宮殿)での執務を開始した。   カスティージョは就任演説で、征服者フランシスコ・ピサーロの住居だったところで施政するわけにはいかないとして、政府宮殿を諸文化省庁舎と歴史博物館にすると表明していた。批判を浴びて仕方なく、「新政府庁舎が決まるまで」政庁で仕事をすることにした。   一種の朝令暮改であり、政権担当準備の不足や、「思い付き政治」の欠点が早くも出始めたと言える。   現状維持色が濃く保守的な政界および報道界では、ギド・べジ―ド首相と何人かの閣僚の更迭を求める声が徐々に高まりつつある。極左地下結社センデロ・ルミノソ(SL=輝く道)への「支持発言」や「SL関連組織との関係」を問題にしてのことだ。   国会で圧倒的に多数派の保守・右翼陣営からは、「首相退陣か大統領解任か」をカスティージョに迫るべきだとの意見が早くも出ている。   カスティージョや政権党PLの幹部たちは、決選で保守・右翼陣営候補ケイコ・フジモリに1ポイントに満たない僅差で辛勝したことが示すように有権者の政治的立場が2分されていることや、政権党が国会で少数派である事実を忘れがちのように見える。   新政権発足後1週間も経たないうちに、黄信号が前途に点滅し始めた。大統領継承権第1位の副大統領に7月28日就任したディナ・ボルアルテ(59、社会開発・参加相兼務)の存在が重要になってくる。 ▼セローン判決破棄を棄却   秘最高裁刑事法廷は8月2日、政権党PL(自由ペルー)党首ブラディーミル・セローン書記長らが申し立てていた汚職有罪判決取り消し処分の要求を却下した。 ▼unasur再建へ   エクトル・べハル外相は8月3日、南米諸国連合(ウナスール)の再建を目指すと明らかにした。この南米12カ国統合を理想として2004年に発足した機構は、域内に保守・右翼政権が増えた17年に脱退が続き挫折。活動停止状態に陥った。赤道国都キトにある本部の機能は停止したままだ。 ▼大統領夫人が最初の公務   ペドロ・

メキシコの「諮問投票」は投票率低く拘束力もたず

      メキシコで8月1日に実施された「諮問投票」は、5人の大統領経験者を裁くことに90%以上が賛成、反対はわずか1%台だった。   だが投票率は、投票結果が拘束力をもつのに必要な40%以上という条件を満たすのにはほど遠い7・74%にすぎなかった。前政権までの最高指導者を断罪し、悪しき無処罰の不文律を破壊しようというAMLO大統領の志は叶えられなかった。   有権者の圧倒的多数が過去の最高指導者たちを裁くのに賛成であるのは世論調査でわかっていたが、低投票率もコロナ禍への有権者の警戒が強いことから予想されてはいた。   AMLO大統領は2日の記者会見で、「民主主義は決して失敗しない」と述べ、「諮問投票は失敗した」との意見に反論した。