メキシコ教員養成学校生43人強制失踪事件から7年

   メキシコ・ゲレロ州にある農村教師養成学校(通称アヨツィナパ)の学生43人が2014年9月26日同州イグアラ市内で強制連行され、27日未明殺害されてから7年が経った。首都最大の目抜き、レフォルマ遊歩道には数字の「43」が赤色の大きな造形として建てられている。

  墨都ではこの日、遺族、友人、人権団体、弁護士ら千数百人が幾つもの目抜き通りを分隊を組んで行進し、政府に真相解明を急ぐよう訴え、中心部の憲法広場(ソカロ)で集結し、抗議集会を開いた。「息子たちは生きて連行されたのだから、生きたまま還してほしい」と、変わらぬ言葉で事件の解決を訴えた。

  これまで遺骨の身元が判明したのは3人だけ。(技術的、理論的には)他の40人の生死は依然、不明ということになっている。

  連行された43人の遺体は野外で積み重ねられ、時間をかけて燃やされたことがわかっており、遺骨から身元を判断するのは極めて難しいという。

  遺骨は、州内のサンフアン川や、別の場所の谷間から見つかっている。他の場所にも投棄された可能性があるが、確認されていない。初期捜査が欺瞞に満ちたものだったため、真相の多くが闇に葬られてしまったのだ。

  この事件の解明作業に関与した国際調査団に所属していたコロンビア人の元検事らも、事件解明の困難さを指摘する。事件は、エンリケ・ペニャ=ニエト前政権期に発生したが、同政権は事件の真相を隠すのに必死で、捜査は、拷問による偽りの証言に満ち、捻じ曲げられて報告された。このため後継のAMLO現政権は、最初から困難に直面してきた。

  AMLOは事件の早期解決を公約して当選したが、19年から3回目の記念日を迎えながら、捜査は遅々として進展しない。関与した士官を1人逮捕したことで国軍の介入を証明しはしたが、その後、目立った進展はない。

  同大統領は、独立、ㇾフォルマ(改革)、メキシコ革命に次ぐ4番目の変革(4T)を掲げ、政策を遂行しているが、アヨツィナパ事件の未解明は、変革政策の足かせになっている。 

▼軍人尋問記録の公開を命ず

  AMLO大統領は9月30日、政府アヨツィナパ事件調査委員会(委員長・アレハンドロ・エンシーナス人権担当内務次官)に対し、国軍要員30人に対する尋問の記録を公開するよう命じた。

 

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