ウルグアイ軍部の犯罪解明に遺族の会が動く

 ウルグアイ軍政期(1973~85)の人道犯罪の細部が8月27日、 新たに暴露された。軍部が犯した人道犯罪犠牲者の遺族組織「ウルグアイ逮捕・行方不明者の母と家族の会」はこのほど、解除された軍事法廷の機密記録から、軍政期の政敵抹殺部局「謀反取締作戦調整機関」(OCOA)に所属していた諜報機関幹部ヒルベルト・バスケス退役陸軍大佐(75)の罪状や証言内容を確認し、27日モンテビデーオで記者会見し明らかにした。

  それによれば、バスケスは2006年に軍事法廷で、軍政期に関与した人道犯罪を自白していた。アルゼンチンで逮捕されたウルグアイ人たちを2回に亘り空路ウルグアイに連行、拷問し抹殺した。

 当時のニクソン米政権の肝いりで南米南部の軍政諸国が協力し合って政敵(左翼、知識人、労働・人権活動家ら)を逮捕し、出身国に身柄を渡す1970年代の「コンドル作戦」の一環だった。当時のヘンリー・キッシンジャー国務長官が密接に関与していた。

 バスケスは25人の拷問・殺害に関与、09年に禁錮25年の判決を受けた。また、著名なアルゼンチンの詩人、故フアン・ヘルマンの息子夫婦の殺害に関与し、2人の娘マカレーナ・ヘルマンをウルグアイ人家庭に渡した。この件では11年に禁錮30年を言い渡された。

 バスケスは、これだけの罪を犯しながら現在、自宅軟禁処分を享受している。

 マカレーナが祖父ヘルマンの孫だと知ったのは2000年のこと。ヘルマンの運動と内外人権団体の支援活動の成果だった。祖父と孫は初めて会い、マカレーナの真の出自が確定した。劇的な対面として大きく報じられた。

 軍事法廷記録でバスケスは、「私は殺してはいない。処刑したのだ。拷問したのではなく自白を強要したのだ」とうそぶき、「後悔していない」と述べている。

 バスケスはまた一時逃亡し、地下結社に加入。人道犯罪を追及していた左翼・進歩主義の拡大戦線(FA)党第1期政権期のタバレー・バスケス大統領を襲撃対象に含めていた。

  軍部はこれまでバスケスの軍事法廷証言を隠していた。「母と家族の会」のイグナシオ・エランドネア代表は、軍部の「事実隠し」を糾弾。06年当時、バスケス証言を知る立場にあったギド・マニーニ前国軍司令官(62)らを非難した。

 マニーニは退役後、政界に転じ、極右政党「開かれた議会」(CA)党首となり、20年2月から国会上院議員を務めている。エランドネアは、国会内部でマニーニは人道犯罪の究明を妨害していると指摘する。

 保守・右翼路線国民党のラカージェ現政権は、「母と家族の会」が事実解明と断罪のため、国会にマニーニの不逮捕特権剥奪を要請していることについて、「政府は判断しない。司法が決める」との立場だ。

 同会はFA、国民党、コロラード党の主要3党や国防省に関係資料を渡している。その資料は、検察庁の人道犯罪担当検事にも渡っているという。CA党がラカージェ政権を支持していることんどから、マニーニの特権剥奪への道は険しい。

 だが民政移管から4半世紀、この国の深い暗部である軍部の犯罪にあらためて光が当てられれば、大きな意味がある。 

▼モンテビデーオ市長選で革新系当選

 9月27日実施のウルグアイ地方選挙で、首都モンテビデーオ市長に共産党系で拡大戦線(FA)候補のカロリーナ・コッセ元工業動力鉱業相が得票率51%弱で当選。1990年以来7回連続で革新系が首都市長選を制した。

▼遺族組織が誹謗中傷を糾弾

 ウルグアイ軍政期の人道犯罪被害者遺族の会は10月13日モンテビデーオで記者会見し、8月末の人道犯罪細部究明以来、同会に対する誹謗中傷や虚言がひどくなっている、と告発した。

  

 

 

 

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