非同盟諸国の議会がネットワークで結ばれる リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 11月 28, 2021 非同盟諸国運動(MNOAL)加盟国の国会が11月28日、オンライン網で結ばれた。マドリ―で開会中の第143回列国議会同盟会議の枠内で決まった。「MNOAL諸国議会網」と呼ばれる。国会同士、自由に協議したり連絡し合ったりする作業が便利になった。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
メキシコ大統領が太平洋同盟の経済路線を批判 12月 12, 2020 メキシコ、コロンビア、ペルー、チリのラ米太平洋岸4か国が「ラ米とAPECとの橋渡し役」を自認して2011年に結成した「太平洋同盟」(AP)の第15回首脳会議が12月11日、議長国チリの首都サンティアゴで開かれた。 セバスティアン・ピニェーラ智大統領とイバン・ドゥケCOL大統領はサンティアゴから、アンドレス=マヌエル・ロペス=オブラドール(AMLO=アムロ)墨大統領と、このほど就任したばかりのフランシスコ・サガスティ秘暫定大統領は遠隔テレ参加した。 会議は、コロナ禍COVID19の爆発的蔓延を受け、「ディヒタル市場」(日本では「デジタル市場」)を拡げ通商を活発にすることを決めた。会議終了時に議長はピニェーラからドゥケに引き継がれた。 APは新自由主義路線だが、2018年末、社会的市場経済路線の民族派大統領AMLOがメキシコに登場してからは活動が低調になり、今年はコロナ禍で停滞していた。 今首脳会議は、AP議長交代、ペルー大統領交代、トランプ米政権終焉間近、コロナ禍などを背景に開かれた。AMLOは、「新自由主義経済路線の無能力さ」について考えるべきだと訴えた。これは、AP結成以来の経済路線を批判したことになる。 AMLOは、「経済権力と政治権力は明確に分けられなくてはならない。政府が少数派のために奉仕すれば、発展はない」と強調。弱肉強食の自由放任市場経済体制が絶対的多数の貧困と一握りの超富裕層を生んでしまった経済状況を糾弾した。 日本の自民党政権は伝統的に財界と密着、政経権力は一体化してきた。1980年代の中曽根政権期に新自由主義路線が定着、今日に至る。 続きを読む
ラ米学徒、久保崎夏の思い出 9月 08, 2021 ラテンアメリカを愛し踏査し料理を身に着け友人をつくったラ米学徒・久保崎夏(くぼさき・なつ)が9月4日、41年の人生を終えた。その葬儀が本日8日、埼玉県草加市にある谷塚斎場で挙行された。 故人の遺志により「無宗教」の音楽葬として催され、女性音楽家2人がヴァイオリンとエレクトーンをそれぞれ演奏、その重厚にして物悲しい曲を枕に、葬儀は進行した。 父親の久保崎輯さんが喪主として挨拶。伯父・早乙女勝元さんは、大学生だったころの夏らとミャンマー(旧名ビルマ)を訪問し、自宅軟禁中だったアウン・サン・スー・チーと面談した逸話を明かした。夏の従姉・早乙女愛さんも夏の思い出を語った。 夏は明治大学を卒業して数年後、立教大学ラ米研究所の受講生になった。スペインの「ベンポスタ子ども共和国」のベネズエラ版「共和国」に半年滞在し、ラ米に関心を抱いた。好きになったのだ。だからラ米研にやってきた。 私は2005年4月から14年3月まで9年間、ラ米研の「現代ラ米情勢」という講座の担当講師だった。夏は優秀な受講生だった。読み聴いて学んだことを、現地に赴き、脚と目で確認した。だから休暇をやりくりしては、ラ米を、そして世界を旅行していた。 葬儀にはラ米研時代の級友7人も参列した。メキシコ市在住の級友2人からは弔電が届いた。ブエノスアイレスやバルセローナの友人らからも悼む声が届いていた。 私はジャーナリズム活動の一環として、来日するラ米諸国の文化人、知識人らにインタビューするが、夏には10人ぐらいの取材で、相手の人物を撮影する写真家を務めてもらった。 そのなかには、文豪ボルヘス夫人マリーア・コダマ(日系亜国人)、ノーベル文学賞作家マリオ・バルガス=ジョサ(ペルー人)、キューバ性教育センター所長マリエラ・カストロ(ラウール・カストロ前共産党第1書記の娘)らが含まれている。夏は物おじすることなく、淡々と撮影をこなした。 夏は、ラ米の白い民俗衣装に身を包んで横たわっていた。若くして不治の病に侵された無念さからは解放されていたが、その情念の残り香が漂っていた。 薔薇やさまざまな花で棺を飾るとき、彼女の顔の周囲は赤薔薇で包まれた。メキシコ調の色彩であり、フリーダ・カロに少し似た雰囲気が醸し出された。 夏は1980年6月生まれ。初夏の産ゆえに「夏」と命名された。私は西語の男性... 続きを読む
ケネディ暗殺はA・ダレスの陰謀かー専門家が指摘 2月 06, 2022 米国人法病理医師(検死医)シリル・ウェクト氏(90)は、最近の著書『解剖されたJFK暗殺』で、1963年11月22日ダラスで起きたジョン・ケネディ大統領暗殺事件は、CIA(中央情報局)が金で雇った殺し屋の犯行にほぼ間違いない、と述べた。 アレン・ダレスCIA長官(1953~61)は、1961年4月のキューバ島カリブ海側のコチーノス(豚)湾ヒロン浜一帯に在米キューバ人反革命派約1500人傭兵部隊を上陸させ、カストロ体制打倒作戦を決行して失敗。ケネディに馘首された。 ウェクトは、ケネディを恨んだアレン・ダレスには動機があったと指摘する。「雇われた狙撃手」としては、様々な調査によって、イタリア系マフィア、それとつながるキューバ系マフィア、反革命キューバ人亡命者らの名が挙がっている。 米連邦議会の調査委員会でウェクトは「オズワルド単独犯説」を断固否定したが、孤立し、発言は退けられた。1972年に機密証拠物件管理所に立ち入ったクエストは、保管されていたはずのケネディの脳が消えているのを発見した。 ライフワークとしてケネディ暗殺事件の解明に法病理学者として取り組んできたウェクトは、過去に1万7000遺体を解剖。ロバート・ケネディ、マルティン・ルーサー・キング、エルヴィス・プレスリーらが含まれている。 続きを読む
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