メキシコに激震、麻薬犯罪で前国防相逮捕

  メキシコ前政権期に国防相だったサルバドール・シエンフエゴス容疑者(72)の逮捕(9月27日の本ブログ「アヨツィナパ事件」の項末尾参照)が全土を揺さぶっている。シエンフエゴス退役将軍は10月15日、ロサンジェルス空港到着時に米当局により逮捕された。

 墨国防相経験者が逮捕されたのは内外を問わず初めてのことであり、この国の法治を害してきた「インプニダ―」(無処罰)に大きな風穴を開けたからだ。これは大方のメキシコ人にとって驚愕すべき新鮮な出来事なのだ。

 前国防相は昨年8月、NYの法廷で麻薬密造、同取引、資金洗浄の3つの容疑で逮捕状が出ていた。国防相の地位を利用し、主として2015~17年の3年間、メキシコの主要麻薬マフィアのうちの「ベルトラン・レイバ」の下部組織「H2」の活動を許し、機密情報を提供したり取締り対象から外したりするなど便宜をはかり、巨額の賄賂を受け取っていた。

 「H2」は、コカイン、ヘロイン、大麻、覚醒剤をNYを含む米都市に密輸していた。シエンフエゴスは16日起訴された。20日から予審が始まる。米政府の麻薬捜査局(DEA)は、同容疑者が国防次官だったカルデロン政権期から目を付けていたという。

 「H2」はシエンフエゴスの庇護を受け、競争相手の麻薬マフィア要員らの拉致、拷問、殺害をほしいままにしていた。

 DEAはシエンフエゴスが麻薬地下業界で「エル・パドリーノ」(代父、ゴッドファーザー)と渾名されていたことから、捜査を「パドリーノ作戦」と呼んでいた。

 問題は、エンリケ・ペニャ=ニエト前大統領が当然のことながら、自分が任命した国防相と麻薬マフィアとの関りを知りうる立場にあったこと。ビダル・ソベロン前海軍相も、シエンフエゴスの最も近かった閣僚として、麻薬マフィアとの関係を知り得ていたことだ。

 さらに前政権下で両相の身近にいた、ルイス・サンドバル現国防相とホセ・オヘーダ現海軍相が、それぞれの前任者の素行を知らなかったとは考えられない。AMLO現大統領は、そのことを考慮したうえで、事を運んでいるはずだ。

 重要なのは、シエンフエゴスが2014年9月に発生したアヨツィナパ事件の捜査を妨害していたこと。国防相として責任のあるイグアラ市駐屯陸軍大隊が事件に関与していたからだ。同市のある地元ゲレロ州内の麻薬マフィア「ゲレロス・ウニードス」(GU)も事件に深く関わっていたが、シエンフエゴスはGUともつながっていた見られている。

 AMLOは、国家警備隊(GN)を創設して軍の麻薬取締作戦関与を制度化、これによりDEAとの協力関係も緊密化した。18年12月の大統領就任時にアヨツィナパ事件解決を優先政策に入れたが、9月以降、同公約の具体的実行過程に入った。

 米司法にシエンフエゴス断罪を巧みに委ねたAMLOは、<米墨二人三脚>でメキシコ政界と麻薬マフィアの共犯関係を暴いていくだろう。

 墨政府と麻薬マフィアの闇の関係は、サリーナスPRI政権期(1988~14)に制度化された。コロンビアの麻薬マフィアが弱体化した90年代にメキシコが最大の麻薬マフィア国となり、墨歴代政権の麻薬汚染はひどくなってゆく。

 カルデロンPAN政権期(2006~12)のヘナロ・ガルシア公安相も昨年12月、米国で逮捕されている。カルデロン、ペニャ=ニエトの元・前大統領に火の粉が降りかかるか否かが最大の焦点となるが、そこまで切り込まないと墨世論は収まらないだろう。

 AMLOは17日、シエンフエゴス逮捕に触れて、「前政権はナルコゴビエルノ(麻薬汚染政府)だ。これを機に陸軍内部の麻薬関係者を一掃したい」と語った。AMLOとしては、軍部浄化を中途半端に終わらせれば、残る4年の任期が不安定になるとの計算がある。現に19年半ばには、反AMLOクーデターの陰謀が軍部内に渦巻いていた。

 14年6月には、メヒコ市に隣接するメヒコ州トゥラトゥラヤで陸軍大隊が、「麻薬取締り」を理由に市民22人を殺害する「トゥラトゥラヤ事件」が起きている。同州は、ペニャ=ニエトが大統領就任前に知事を務めていた。この事件とシエンフエゴスとの関係も明るみに出るだろう。

 AMLOは06年の大統領選挙で事実上勝ちながら、不正開票操作によって、カルデロンに勝利を奪われた。12年には、ペニャ=ニエト陣営の金権腐敗選挙に敗れた。

 PRI、PAN両保守・右翼・新自由主義政党は連携してAMLO当選を阻んだのだが、今日のような腐敗犯罪無処罰が暴かれ残材されるのを恐れてのことだった。

▼DEAと容疑者の関係は?

 AMLO大統領は10月18日、視察先のオアハカ州内で、「DEAは、自らとシエンフエゴス容疑者との関係を明らかにすべきだ」と述べ、DEAに説明を求めた。

 シエンフエゴスはカルデロン、ペニャ=ニエト両政権下で計12年間、国防次官、国防相の軍部最高級の要職にあり、両政権が演じた「麻薬戦争」中、DEAがシエンフエゴスの協力を仰いでいた事実が否定できないからだ。


  

 

  

 

 

 

 

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